亀井コーチおたおめでした
今日(7月28日)は好きな野球選手(今は引退してコーチ)の亀井さんの誕生日🎂おめでとうございます🎉
今日はプロ野球がないから明日の中日戦を見に行きたかったんだけど、明日は仕事を休めない…😖
その代わり明後日からは休みをもぎ取った💪
ナゴドに行くぞ~!たのしみ!
人生初のナゴド。今はバンテリンドームって呼ぶんだっけか。
誕生日にかこつけて単に野球観戦がしたかっただけと言われれば、まあ、それはそう…笑
今日も誕生日にかこつけてケーキを食べるわよ✌️
そして単に甘味が食べたかっただけ✌️

にしてもカフェのケーキ2切れで満足してしまった…… これが…年齢…
昔は1ホール余裕だったのになあ。
ていうか胃腸もだけど、自分の体力を過信してたら夏の名古屋で倒れそうだわ。
せっかくの遠征だから色々詰め込みたくなっちゃう。
無理せず無理せず…だなあ……。
ま、なんにせよ、たのしみ!
行き当たりばったり高崎
26日のヒプムビ上映、0時待機してチケット争奪戦に乗り込んだものの、あえなく敗退。
ハマ推しなので横浜で見たかった。
Tジョイでもブルクでもどちらでも良かった…取れなかったけど。争奪戦に負けている間に一都三県の主要シアターは埋まってしまって、このままではいよいよ見れないのでイオンシネマ高崎のチケットを取った。
見知らぬ土地…グンマー…!!
(※草津は行ったことある)
都内から高崎まで出たらそれはもう立派な小旅行じゃんね。
何があるか知らんけど見て回ってから帰りたい。
少し前に気になっていた桐生の鋸屋根も気になる。桐生ってちょっと離れてんのね。
(群馬の地理なんも知らん人)
メインの目的はもちろん映画だから体力残したい。。。
なんにせよ旅行する気に満ち満ちている。
いきあたりばったりで先に目的地決めて後は適当に決めていく。まあどうにかなるでしょう。
不定期の継続
ここ数日、写真を撮ることにハマっている。
昔から好きな高架道路の写真を撮っている。
私は昔から興味が移りやすいためこのマイブームがいつまで続くか分からない。
「気が向いたら撮る」のみに留めていたら、気付けば7年ほど続いている。
あらゆることをコツコツ続けることが苦手。
三日坊主が日常茶飯事。
撮った写真も「毎日インスタに上げる」なんて掲げてしまったら趣味ではなく苦痛になるだろう。
撮るのも気が向いた時だけ、ネットに出すのも気が向いた時だけ、にしたらとても楽しい。
写真の前は読書がブームで、その前は絵の練習を一生懸命していた。
興味が移りやすいのは関心事が多くアンテナを広く持てるので良い面もあるが、悩んでもいる。
あらゆることが浅く、継続できない。
高架のインスタ投稿が7年続いているのは我ながら珍しいと思う。
やりたいことは沢山あるが、その全てをやりたい時もあれば、やりたいことのはずなのに腰が重いこともある。
「やりたいはずなのにやりたくない」「やりたいけどできない」という、自分への小さな落胆を繰り返して生きている。
思い立った時はやる気に満ち溢れて衝動のまま突き進みがち。
イラストの練習は、「毎日続けるぞ」と息巻いてクロッキー帳を3冊買ったが数日描いてそれっきり。
読みたいと思った本も、なかなか手をつけられずに本棚の肥やしとなっている。
そんな中、不定期ながらもインスタ投稿が続けられている現状はとても嬉しい。
正直「続けている」という感覚はなかった。
この考え方で気楽に考えれば多少生きやすくなりそうだ。

心が健康なオタクになりたい
オタク―――主にサブカルを中心として、様々なジャンルで愛好者を指す言葉である。
「オタク」の有り様にも多種多様のタイプが存在する。
「オタク」の中で目立つ人というのは、アウトプット能力に長けたひと握りの存在だと思う。
特にインターネット上において目立つのはやはり主張が強かったり異常なほどの知識量があったり表現方法が巧みな人ではないだろうか。
2次元のオタクに限定して考えてみる。
二次創作をするオタク、グッズを収集して痛部屋を作るオタク。作品の感想を書くことだってオタクの生態のひとつだろう。
積極的にアウトプットする人間を「オタク」と呼称することが多いが、作品を見て楽しみ、自分から特に発信することのない人間も一定数いる。
私は絵を描くタイプのオタクである。
下手の横好きでずっと描き続けている。
表現の巧拙に関わらず、描くことが重要であって、ただ享受するだけのオタクにはなりたくないと常々思っている。
(※創作活動や発信をしない人を悪く言うつもりは無い)(自分に対しては許せないと思うだけ)
しかし、歳を重ねるごとに、アウトプットが億劫になった。
昔は自分のイラストの出来栄えなんてあまり気にしなかった。「たのしい」「好き」の気持ちだけで描いていたように思う。
いつからか周りばかり気にするようになった。
そして周りを見るうちに、自分より遥かに画力も表現力も豊かな人が推しを描くのを見て、それで満足してしまうのだ。
こうなると「好き」が続かなくなる。中高生の頃に持っていたはずの熱量がないのである。
私の場合は、作品というよりむしろ推し個人に対する感情の表現として絵を描いている。
絵を描かなくなったら心が死んだ時だと思う。
実際、メンブレして気分が地に落ちている時は全く創作活動をしない。
問題は心は動いているのに単純にペンを持つのが億劫な時だ。
こうなると自分で自分の感情を疑い始める。
「お前の愛情はこんなもんなのか」と。
この状況に寂しさを感じて友人に話してみた。
しかし「分からないし、推しはいない」と一蹴されてしまった。
そもそも“好きな作品”はあっても、“推し”が出来たことがない、というのである。
また別の友人には「作品内で“好きなキャラ”はいるけど“推し”ってほどじゃない」と言われてしまった。
彼女たちは会って話せば2次元の話をする仲であるが、SNSに作品の感想を書き連ねることもなければ、当然二次創作もしない。
そういうタイプだということは分かっていて付き合ってきたつもりだったが、それでもこの感情を共有してもらえるのではとどこか期待していた。
近年の推し活ブームを見ていることもあり、オタクは全員が全員、なにかしらの推しが存在するものとばかり思っていた。
実際はそんなことはないらしい。
むしろ推し活ブームが苦手だと言う。
キャラクターがプリントされたグッズを買うこともない。
物は物でしかない、らしい。
ネット上で他人の推し活を見て、その物量がまるで愛情の差であるかのように感じられて落ち込むような感覚とは無縁なのだ。正直羨ましい。非常に精神が健康的だと思う。
私は推し活でも落ち込むし、表現すらしない自分に対しても情けない気持ちになる。
推しのことで苦しんでいたら本末転倒なのも気付いてはいる。
頭でわかってても解決できる話でもない。
せめて共感だけでも貰いたかったが、難しかった。どこまでも平行線だ。
しかし推し活や創作活動をしない友達が「オタクじゃないのか 」と問われれば答えは否だ。
同じ作品を見て一緒に盛り上がれるし、私しか履修していないジャンルのコラボカフェにも付き合ってくれる。
アニメや漫画やゲームの事を滞りなく安心して話せる相手という時点で十分にオタクだと思う。
インターネットばかり見ていると「強いオタク」「声の大きいオタク」がどうしても目に入ってしまう。
最近新しい推しができたので、人と比べないで生きていきたい。
私は私なりの愛し方で向き合いたい。
特別感
久しぶりにアマプラを付けたんだ
そうしたらトップに見慣れた顔があったんだ
水どうがアマプラ配信開始してるなんて知らんかったからさ? おったまげたよ 声出ちゃったもんね
そんなにも全国区の人気番組なんだ!?って思ったよ
いや知ってたけどね?
全国区になったのなんてもうだいぶ前の話だけどね?
私はさ 別に北海道出身では無いし住んだこともないけどさ
両親が道産子なんよな
「水曜どうでしょう」つったら「網走のおじいちゃんち行った時に見れる、おもしろ大学生が振り回される深夜番組」の認識だったわけ
なんなら全国区になり始めた頃ちょっと嫌だったもんね
北海道に行く楽しみのひとつだったもんね
特別感どんどん薄れちゃってさ?好きなバンドが売れ始めたみたいなもんよ
まあ それはそれで?自分の好きな人たちが世に認められている嬉しさみたいなのも?ないこともなかったけどさ?
「東京にいるのに北海道の隠れたお宝番組を知っている私ちょっとすごいかも」みたいな感覚ではあったよね
自分に酔っちゃう年頃ってやつ?
でもまあアマプラで配信してくれるとスマホで気軽に見れるからありがたいよね
あんなんは何回見たっていいんよ
てか作業中にBGM代わりに流しといてついつい画面見ちゃうくらいの温度感がいいんよな
うん まあ それだけなんですけどね
衝動のままに書いたけどマジの個人日記で草
心療内科行かなくなる問題
最近メンタルが乱高下して苦しい。
楽しい時はすごく楽しいからいいけど、
その分反動がヤバい。
あまりに苦しいから心療内科行こうかなって考える。
でもどうせ行かなくなる。
“心療内科に通ってる自分”なんてみっともなくて認めたくない。
そもそも病院行くのもめんどくさいし。
一度行かなくなるとその病院には行けなくなって、しばらくするとまた苦しくなってきて、別の病院を探す。
その繰り返し。
カウンセリングで自分の考えを喋って「治していきましょうね」なんて言われた日にはもう地獄。
その場では“いい人”の仮面を被って“聞き分けのいい患者”を演じるけど、
一人になった途端、
「じゃあ今の考え方してる私はおかしいってこと?間違ってるってこと?なんでそんなに非難されなきゃいけないの?そう思うんだから仕方ないじゃん!」
って怒りと悲しみと虚しさがいっぺんに来る。
(※カウンセラーさんは別に非難した訳ではない事は頭では分かっている)
今もメンタルが怪しいけど
心療内科で楽になるのは最初の数回だけで、そのうち心療内科に行くこと自体が苦しくなるんだよなあ…って思ってる。
どーにかなんないかなー。
